STORIES:OKUROJI

【OKUROJI百景】
ボクが見た日比谷。東京の風景。

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ストーリー

2021.03.28

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写真家の自由な視点でOKUROJI界隈を切り取って、写真とエッセイで紹介するOKUROJI百景。今回は写真家・大森克己さんがふらっと訪れた1日。

Photo & Text:Katsumi Omori

ボクが見た日比谷。東京の風景。

日比谷、ひびや、ひびきがよい。hibi が ya! である。普通の日々がそこにあり、特別な晴れの日も、緊急事態もまた同時にそこにある。JR が高架を走り山手線をぐるっとまわるその途中であり、毎日出勤する人や通学する人が移動する。新幹線も高架を走り大阪や博多に人々は出かけて行く。そして缶ビールをプシュっとあけたり、スマートフォンを触ったりしている訳である。演説する人がいて、デモに参加する人がいる。そう、日比谷にはいろんなものがある。駅がある。職場がある。ホテルがありレストランがあり焼き鳥屋があって喫茶店がある。劇場があり映画館があり公会堂がある。セレクトショップがあって本屋がある。壕があり公園がある。航空会社があって旅行代理店がある。ホテルがあって、しかし集合住宅や家はほとんど無い。ボクの実家は日比谷です、と云う人にはあまり会ったことが無い。つまり日比谷は出かけて行くところであって、乗換えるところでもある。

 1986年の野外音楽堂。名前は忘れてしまった何かのフェスで、初夏の日曜日、初めてブルーハーツを聴いた。リンダリンダを初めて聴いた。後ろの席でのんびりしていたら、彼らが登場した途端、ステージ前にファンが集まって緊急事態が出現したかのようだった。聴いたと同時に新しい何かが生まれる瞬間を目撃した気持ちになった。隣の高層ビルから日曜出勤なのか白いYシャツを着てネクタイを締めた人がステージを見下ろしているのもしっかり見えた。同じ年、有楽町の映画館で『ストレンジャー・ザン・パラダイス』を見た。東京が、日比谷が、はたして楽園かどうかは分からないが、働きはじめたばかりの23歳の自分は、いつでもどこでも異邦人の気分だった。街を行き交う人々はみんな自分から遠い存在に見えていた。

 新宿に都庁が移転した翌年の1992年。交通会館のクリニックへ出向いて黄熱病の予防接種の注射を打ってもらった。半年間の中南米旅行の1ヶ月前のことだった。

 2009年のペニンシュラ。お壕を見下ろすスイート・ルームで映画監督のガス・ヴァン・サントを撮影した。70年代に自らゲイであることをアメリカで初めて公表してサン・フランシスコの市会議員になったハーヴェイ・ミルクの伝記映画のブロモーションだった。ボクはプラウベル・マキナというブローニーサイズの6x7のフィルムカメラで撮影して、そのカメラを見てガス・ヴァン・サントは少しうれしそうだった。同じ頃、電気ビルヂングの向いの高架下にお酒の自販機と小さなカウンターだけがあって、時々おじさんがチーズやソーセージなんかのおつまみを売っている原初的な立ち飲み屋のような店があって、ボクはその場所が大好きで、特に春から初夏の時期は最高で、よく煙草を吸いながらビールを飲んだものだった。

 2016年。花椿の web.マガジンの撮影で初めてオールド・インペリアル・バーを訪れた。フランク・ロイド・ライトの建築がテーマの記事だった。ライトの意匠を眺めながら、女性のバーテンダーが作ってくれたカクテル「マウントフジ」を飲んでいると20世紀の初めにタイムスリップしているようで、不思議な気分になった。その後、時々、ちょっとお洒落をして普通に客としてカクテルやウイスキーを飲みに行くのだが、こんなに素敵なバーがある街は素晴らしいな、と率直に思う。イリノイ、ウィスコンシン、カリフォルニア、ニューヨーク。行ったことのある都市、まだ知らない場所。ライトが作ったさまざまな空間に想いを馳せる。

 2021年の3月10日。久しぶりに日比谷を歩いてみた。解除される予定であった緊急事態は未だ続いていて人通りは普段より少ないが、日本の首都の、そのまた中心であるオーラは失われていないように思える。日比谷交差点から東を臨むと帝国劇場が見え、振り返ると帝国ホテルが見える。帝国なんていうネーミングの施設が今時存在するのは、この界隈しかありえない。空が広い。日比谷公園をブラブラ歩くと様々な鳥がいて、労働者のみなさんが弁当を食べ、お茶を飲んでいる。噴水が眩しい。公会堂は修理中だが煉瓦の赤茶が陽に照らされて光っている。花屋のサボテンは夏を待ちきれないかのように見える。音楽堂の門は閉じていて、よじ登ってこっそり入ってみたいと思ったが今日は止めておく。最近ここでライヴを観たのは何だったけ?グレイプヴァインだったけ?とか思い出していると、LINEにK君からメッセージ。OKUROJI でいっぱいやりませんか、ということでJRの高架下方面へ歩く。高架のこちらも向こうも、工事をたくさんやっていて、工事現場の白い塀があちこちにあってトラックが行き交う。待ち合わせ場所の天ぷら屋は活気に溢れていて、まだ16時ちょっと過ぎたばかりだが、美味しいワインを飲みながら天ぷらをつまんでいると話が弾む。電車が通過する音が聴こえ、神戸出身のボクはJR 三宮駅から神戸駅にかけて続く高架下を思い出す。ジーパン屋で試着したり、中華そばを啜ったりしていると、やっぱりガタゴト電車の音が聴こえたものだ。高円寺の高架下の焼き鳥屋も最高だよね、と2人で話す。そうそう高架下は最高だよね、と酔っぱらう。

 K君とOKUROJI で飲んだ1週間後、有楽町で映画「あのこは貴族」を見た。門脇麦さんが東京のお嬢さんで、地方から上京した水原希子さんと、予期せぬ場所で、予期せぬ出会い方をする。スクリーンに映る東京の風景、日比谷界隈が素晴らしかった。約束しないで誰かと出会えるのって良いよなあ。映画館を出て歩きはじめると、見知らぬ道行く人達がほんの少し友達のように思えた。

Profile

大森克己(おおもり・かつみ)
神戸市生まれ。1994年、第3回写真新世紀優秀賞。国内外での写真展や写真集を通じて作品を発表。主な写真集『心眼 柳家権太楼』(平凡社)、『サルサ・ガムテープ』(リトルモア)、『encounter』(マッチアンドカンパニー)、『サナヨラ』(愛育社)、『すべては初めて起こる』(マッチアンドカンパニー)など。
https://www.instagram.com/omorikatsumi/

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